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イシノラボ/マスターズ店長の連載

第1弾 日本オーディオ史

第10回 AU−607の商品化への模索

その頃、各メーカーはどうしていただろうか?DCプリメインアンプとしてはトリオ(現ケンウッド)がKA−9900で3段差動増幅回路で発売したばかりであった。激戦区と言われた¥59,800価格帯では皆無であった。

山水はこの価格帯で遅れをとっていたので、どうしても挽回したかった。

相変わらず、パイオニアのSAー8800IIは良く売れていた。1976年当時のオーディオ販売店は全国で2000店は超えていた。デパートの電器売り場、スーパーの電気売り場(特にダイエーのオーディオ売り場の売上はものすごく大きかった。)プリメインアンプでもヒットすれば¥3,000台/月くらい売れた時代であった。ちなみに現在では、売れて300台/月くらいと、オーディオマーケットはシュリンクしてしまった。

何とかして、商品的にも満足したものが作りたいし、また、プロであるから、売れないとどうしようもない。良いのが出来たが売れないとあっては、自己満足しかなく、強いては、サラリーが出なくなってしまう。

原価を概算してみると、どうしても¥59,800は苦しく、赤字になってしまう。戦略機種と称して、赤字覚悟でシャアーを取ること施策もあるが、これでは長続きしない、今もDVDレコーダーでは安値競争で会社の体力を消耗している。エレクトロニクス業界のさがであろうか?

そこで、新たに¥69,800という価格を設定し、このプライスゾーンで勝負する気になった。

さて、またアンプの開発に戻ると、回路の全体をどうするかということが大問題であった。まだ、山水では誰もDCアンプをやったことがなかったからだ。上司の決断で、これまで4chQSステレオの開発のチーフエンジニアであったT氏が受け持つことになった。

T氏はこれまで、オーディオアンプの商品化設計はやったことがなく、入社以来、開発業務を手掛けてきたので、量産設計に採用するパワーアンプのプロト回路を開発するには社内では危惧の声があった。

しかし、T氏は淡々と開発を進めて、1976年(S51)の初頭にはパワーアンプのみのプロトアンプを作り上げてきた。この回路構成はユニークなもので、差動2段に、差動プッシュプル回路を結びつけた3段増幅構成であった。この回路構成には、社内の技術部門からは反発の声があがった。一般的に、回路1段で周波数のエンドでは位相は最大90度まで偏移する。2段増幅回路だと180度まで偏移する。3段増幅回路になれば270度まで偏移する。

アンプにおける発振現象は位相が180度を超え、そのときのゲインがゼロ以上であれば発振する。従って、増幅段数は少ないほうが安定なアンプが作れるというのが常識であった。3段増幅アンプ不安定な動作になりやすいというのが反対意見であった。しかし、安定なアンプは帯域内の位相とゲインとを安定になるように、定数を決めれば問題ないというのがT氏の考えであった。わたしはT氏とは隣り合わせの席で4chQSステレオでは一緒に仕事をこなした仲であったし、T氏のクレバーさを信じていたので、T氏を支持して、T氏からいろいろ聞きだして、自分の糧にもした。T氏はこれまで、自動制御分野では使われていた2ポール位相補償回路という理論で、NFBは少なくとも可聴周波数帯域内では一定量かかることが可聴周波数帯における音質の均一さに繋がると考えていた。すなわち、ICのOPアンプのように100Hzあたりから、6dB/octで減衰して安定度を保つアンプ好ましくないと考えていた。わたしはこの新しい方式をワイドレンジNFBと呼んだ。この基本的な方法とはアンプのオープンループゲイン、フェイズ特性計算において、最初のカットオフポイントを可聴周波数上限近くに設定する。これを第1ポールと呼ぶ、このままでは6dB/octで周波数特性は下降するので、下降度が足りなり、安定度が不充分になるので、どこかで、さらに下降させる、すなわち12dB/octの下降特性とする、これを第2ポールとする方法である。その周波数以上は今度は位相遅れが大きくなり過ぎ、これも安定度が悪化するので、その先周波数からは位相が進相するようにする。そのようにして、ゲインがゼロになる高周波領域まで、ゲイン、フェイズをコントロールして、NFBを掛けたときの安定度(マージン)が充分確保する方法である。

当時は関数電卓がようやくポピュラーになった頃であったから、安定度は試作アンプのカット&トライで定数を決めていたのが実情であった。

計算結果に従って試作したプロト機は安定であった。その検討資料は今でも大事に持っている。通常、アンプのひずみデータは10kHzのような高域になると悪化するものが常識であったが、1kHzと10kHzとのひずみはほとんど違わない結果となった。

次に重要な事項は増幅の基準をどこにするかである。アマチュアの場合、多くは電源中点にする。メーカーではまちまちでA社はアンプのSPOUT点にする、B社は入力点におく、C社は電源中点にするとかいろいろは主義主張がある。この機種から、NFBアンプであるから、増幅の基準は出力からNFBが戻って、入力と比較して、NFB効果を出す初段差動ポイントに置いた。このポイントをサミングポイントと呼んだ。電気的特性は同じでも、このポイントの違いによって、音質がかなり変化することも、実際やってみてわかった。

出力段は低インピーダンスにせざるを得ないので、3段ダーリントンによるSEPP方式とした。SEPP回路の不安定さは川西氏は最重要と力説されている。

山水ではいつからそしたのか分からないが、他社では採用しないダーリントンC−B間に小容量のコンデンサを入れることはおこなわれていた。33pfが推奨値であった。

AU607ではさらにダーリントン段の初段にCRによる進相回路を入れ、2、3段目のE−B間には抵抗を入れて、不安定にならないようにしていた。当時はどこもそこまで考慮を払っていなかったと思う。川西氏はさらに、初段差動C−B間に小容量コンデンサを入れているが、我々は当時は知る由もなかった。

これで、パワーアンプ部も骨格は出来上がった。試作プロト機を試聴して、そのフレッシュなサウンドには驚いた。モニターSPは躊躇なく、JBL4320を使った。JBL4320は個人的にも欲しかった。薄給の身には新品を買うこともできず、母親の同級生の息子さんから中古の4320を譲ってもらい、今もコーン紙を張り替えつつ使っている。

さて、これから先の製品化はこちらの仕事であった。アンプにとって、重要なポイントは電源をどうするかであった。当時はトリオ(現ケンウッド)が2トランス方式を打ち出して好評をだったし、山水AU9500も2電源方式で評判が良かった。AU607ではトリオを追随して2トランス方式とした。2トランスとすることは片chからの影響を受けにくいメリットがあったが、1トランス方式よりも相対的に電源変動率が悪化するので、音質が軽くなる傾向があることは体験していたが、この価格帯では技術がかたちに現れなければ、売れにくいこともあったので、採用せざるを得なかった。密かに、この機種がヒットしたら、次の上位機種はもっと優れた電源にしようと考え始めていた。しかし、仕事となれば売れなければ、主張も通らないし、その前に生活の糧はアンプであった。

以下続きをお楽しみに、メーカーのアンプ作りのプロセスを述べて行くことになる。


2006年4月30日掲載


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