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イシノラボ/マスターズ店長の連載

第1弾 日本オーディオ史

第65回 容易ではない 海外ブランド・オーディオビジネス展開

代理店変更によるトラブル

これまで20年以上にわたってロジャース製品の輸入代理業務を担当していたオーデックス・ジャパンから、突然の代理店変更が自社に損害を与えたとして、クレームを申し立ててきた。この代理店は公平に見て、長年、大事にロジャースブランド製品を育てて、良好なイメージを保持してくれた功労者と言えた。
それが資本の変更によって、輸入業務が出来なくなることは確かにダメージを受けたに違いない。
オーディオ業界において、輸入代理店契約を正式に交わしていると言う話はあまり聞いたことがなく、双方の阿吽の呼吸でビジネスが継続しているようだ。

メーカー直営日本法人設立は、古くはオルトフォン・ジャパン、近年ではマッキントッシュジャパン等があり、うまくいったケースと撤退と半ばしている。

これまでの代理店が原告となって、民事訴訟となった。裁判は双方の代理人である弁護士同士と裁判官とのやりとりになって、不毛の話になることがほとんどであった。弁護士費用がかさむだけで、ラチがあかず、うやむやのかたちで終わってしまったらしい。
そうこうしているうちに、ロジャース・ジャパンには、オーデックス・ジャパンから、サービス部品が送られてきた。
その中身はスピーカユニット、コーンアセンブリー等で、LS3/5A関係の部品は皆無であった。 

業務体制が整う

そうしているうちに輸入業務が再開されるので、輸入・販売業務をこなす人材の用意が必要になった。
輸入、販売業務の人材候補には、その頃、デノンラボ社長を退任された新井二郎(故人)さんが私なりに浮かんできた。新井さんは、インフィニティのスピーカーの輸入を立ち上げて、当時、日本で、一流ブランドに育て上げた方であった。人づてにコンタクトを取ると、ロジャース・ジャパンにジョインしても良いという返事が返ってきた。それに、デノンラボで輸入、経理事務をしていたKさんも連れてきてくれると言う。残るは、セールス人材であったが、たまたまTEACの方から、早期退職された方がいるから、会ってくれと言われて、面接してみると、ベテランであり、海外ブランドではTANNOYを取り扱っていたので、そのあたりは慣れていそうであった。
技術、サービス、プロモーション業務は私がやると言って、決まった。輸入営業部門は恵比寿のビルでは手狭なので、どうしたものかと思案していたところ、新井さんから、デノンラボが移転したあとのビルが空いているからどうかと言われた。場所は秋葉原、昭和通り側、JR秋葉原駅から徒歩5分で、すぐ、それが良いと賛成した。このビルの2.3Fを借りて、在庫も置けるようになった。

プロモーション、販売店向け活動に精を出す。

E-20a、40aも入荷が始まり、これら新製品をはじめ、改めてロジャース製品を広報、プロモートする必要があった。
カタログ作り、オーディオ雑誌への広告、オーディオ評論家さんたちのプロモーションは、新井さんがデノンラボからの関わり合いで、担当してくれた。
そこで、私はセールスと一緒に、サンスイ時代から10年ぶり以上で、販売店を訪問して、ロジャース製品をプロモートすることとした。

関東近県では、テレビ音響、ヤマギワ、チャレンジャー音響、オーディオ南海・水戸、オーディオジュピター(大甕)、高島電機、石丸電気、オーディオユニオン、サウンドハイツ。
関西地区では、河口無線、シマムセン、阪神百貨店、逸品館、ジョーシン。
名古屋地区では、ジョイサウンド、ゴトウ総合音響、ノムラ無線。
九州地区では、吉田苑、ベスト電器、栄電社。
東北地区では、のだ屋本店、福島のオーディオかもん、仙台のだ屋。
四国では、糸瀬ステレオセンター、オーディオ昭和。
これらなどを、実際に訪問してプロモートした。サンスイ時代、新製品発売時には、これらの活動も併せてしていたので、特に苦痛ではなかった。

サンスイ在籍当時に比べ、やはり、オーディオ販売店の数は衰退・減少していた。今後のオーディオ製品の販売店展望は、よほど、知恵と工夫がないと、厳しいと感じた。
また、小規模販売店向けの卸店である完実電気(東京・外神田)にも訪問した。メーカー、ブランド側の立場で売り込むのであるから、立場は弱く、販売側から時間を割いて貰い、そこで視聴してもらい、セールスポイントを説明して、何とか、買って貰うように進めるのだ。
まずは、お店に置いて貰うわけであるが、貸出なら、お店はOKというが、買取り展示となると途端に渋くなる。今でも、各社どこもやっていることだが、店頭展示品は特別条件(割引)で交渉するのである。回転率(お店で売れる頻度)に定評があれば、話はすぐつくが、新規新製品となると、商談が結構大変だ。1台、どの程度の割引価格で売ったらどの程度儲かるか?そのお店の方向性、御客さんの動向にもお店側はいろいろと考えるのであろう。いずれしても、一番望ましいのはお客さんからの指名買いがあれば、お店は売る気になってくれるときもあるし、お店が勧めて、買ったお客さんが口コミで評判を立ててくれれば、これも売れる要因になる。
具体的に、お店の展示品買取りには定価の50%程度、お客様への販売には68%(仕切り)が標準であった。現在でも、それほどの条件の違いはないと思う。
それでは、販売店のビジネスはどうなるかというと、例えば、定価¥10万のアンプは¥68,000で仕入れる、それを、20%引きの¥80,000で売ると、粗利益は¥12,000になり、粗利益率は12,000÷68,000≒17.6%となり、健全経営の粗利益25%には足りない。

そこで、お店はメーカーにバックマージン(例えば5%とか)を要求するか、何とか、この利益率でやっていくかである。やはり、適正な利益は取れなければ、オーディオ店の経営継続は難しい。奥の手としては、下取り販売をして、下取り品を整備して、再販売して利益をカバーすることは今でも有効な販売店の手法である。
ちなみに他業種をみて見ると、TV・ラジオショッピングは仕切り50%が標準パターンと言われている。¥1万の商品も¥5,000は放送局が取ってしまうのである。放送局はショッピング番組を増やすわけである。
放送局は、番組に目玉が欲しいから、大幅値下げとか、下取りというかたちの値引きを要求するのである。
デパートはどうかと言うと、買取り商品なら、仕切り50%以下が常識である。だから、メーカー側は流通側に利益を取られても損が無いような値付けをしているのである。
日本のオーディオビジネスはどうみても、あまりに過当競争で儲からない。
(ちなみに、欧米のオーディオ店は50%の粗利を要求する。)

昨今はインターネット販売の普及が凄いので、ますます厳しい。当時は、携帯電話が普及し始めた時代であった。

プロモーション業務について、具体的に披露すると、関西地区では、プロモ―トとするアンプを前の日に、大阪・日本橋電気街のビジネスホテルにアンプを午前中に到着するように送っておく。
東京発8時ごろの新幹線に、セールスと私、2人で乗り、午前中にホテルに着き、アンプを受け取る。レンタカーを借りて、販売店を回る。お店に到着して、アンプを売り場に運び、サンプル機を出して、視聴してもらうのである。視聴の合間にそのアンプの特長、セールスポイントを話す。お店により、力を入れているところが違うし、売り場主任の主義・主張(例えば、真空管アンプは売らないとか、)得意分野もあるから、同じお話では、話が進まない。
何店かを回り、終了したら、安ホテルに一泊し、翌日もレンタカーを使い、お店を回り、サンプル機を宅配で事務所送り返し、レンタカーを返し、19時ごろ新幹線で東京に戻るという仕事であった。
首都圏には自分のクルマで回ってプロモートをおこなった。

さて、印象に残ったお店について話すと、それは、“逸品館”の清原社長さんであった。
清原社長は質屋の息子さんであって、オーディオ好きもあって、オーディオ分野に進出したとのことであった。当時はまだ30才代前半で、オーディオ製品の情緒的魅力をも“とうとう”と述べる精力には少し驚いた。私にしてみれば、“若い方がどの程度オーディオを語れるのか!”という、上から目線が当初あった。清原社長の感性は、シャープでサウンド傾向についての指摘も的確であった。すっかり、話し込んでしまった。特に、BBCモニター“LS5/9”について、高い評価を頂いた。
また、いろいろお話を聞いてみると、オーセンテック、マランツ、STAXに、清原社長がリクエストして、独自のカスタム製品を50-100台程度のロットで作って販売していると言う。そのシリーズを“AIRBOW”とネーミングしていた。

一方、量販店のオーディオ販売力は、かつてほどのパワーはないが、まだ、侮れぬものがあった。量販店での販売、は販売口座を設けないと販売出来ない。そこで、アプローチしてみて、中国地域では“デオデオ”と契約出来た。
けれども、首都圏での販売が何とかならないかと思っていたところ、セールス担当が“ヨドバシカメラ”に目を付けた。
さっそく、伺ってみると、オーディオ好きな役員の方がおられ、特に歴史のある海外ブランドはすぐ、受け入れてくれた。
但し、量販店は販売システムがあるから、それに合わせなければ販売出来ない。具体的には、製品にバーコードを付けたり、仕入センターに製品を直に持ち込まないと、納品出来ない。また、流通経費として、2.5%は徴収された。“ヨドバシカメラ”の雰囲気は当時も、今も、割と紳士的で、値引きを強要するようなことはなかった。

そして、このような活動で、販売は少しずつ増え始めた。具体的には、真空管アンプE20aは¥20万の定価もあって、それなりに売れそうであった。一方、E-40aは定価¥40万にしたこともあって、内容が濃く、優れたアンプであったが、なかなか売れない。
看板商品であるLS3/5Aはやはり販売店に良く浸透しており、それなりの注文が継続していた。専用サブウーファAB-1も注目された。
ロジャース開発のSTUDIOシリーズ(STUDIO3、7)は、それほど売れない。また、廉価スピーカーのLSシリーズは、それほどのパフォーマンスがなく、仕上げもほどほどで、あまり期待できなかった。

お店を回ってみて、驚いたのは、設立したばかりのトライオードが中国製300Bを4本も搭載して、パラシングル、20Wパワーアンプキットを¥99,800で売り出しており、パラシングルというセールスポイントと¥10万を切る破格の価格はどこの販売店でも注目され、売れていた。

採算的に厳しい状況は続く

日本事務所を開設当初は、採算が取れないと言うことは予測していたが、商品が到着して、販売活動をホットにしても採算は厳しく、赤字が少しずつ積み重なっていった。確かに、当時のイギリスポンドは高かったが、ロジャース製品の技術的実力が後発のB&Wに比べて、落ちてい(開発力がない)たことも影響していた。

つたない文をお読みくださいましてありがとうございます。
まだ、まだ、続きます。


ロジャースジャパンで作ったカタログ
ロジャースジャパンで作ったカタログ


2014年10月22日掲載


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