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イシノラボ/マスターズ店長の連載

第1弾 日本オーディオ史

第67回 ロジャース・ジャパンでMOSFETアンプを製品化する

営業状態は良くならない

真空管アンプのE-20aは、そこそこの売上があり、E-40aの評判も悪くは無かった。イギリスのロジャースからの新製品スピーカは代わり映えがせず、造りも、キャビネットは塩ビ突板、ツイーターが他社、ウーファは自社製(ポリプロピレン振動板)の20cm2WAYの廉価イメージでは、安値で発売しても販売店からの反響も少なく、お客様からの指名も少なかった。

ロジャース製品は安さを求められてはいなかったのだ。むしろ、高価なLS5/9(BBCモニタ)のほうがニーズあった。

また、“名品だったPM510のようなスピーカを望む!”という有力販売店の声が多くあった。これらの意見をイギリスに伝え、せめてPM510を復刻できないかと要請した。営業責任者でもあった新井さんは、特にこの考えに積極的であった。これらの声に動かされて、3か月ほどして、PM510の試作品がイギリスから届いた。30cmウーファに38mmドームツイータの2WAY構成、堂々たるフロアサイズであった。
さっそく、新井さん(故人)と一緒に聴いたが、どこか変。内部を開けてみると、片側のネットワーク定数が一部、一桁違っていた。そこで、本来の定数に修正すると、BBCモニタらしいサウンドになってきた。
この結果をイギリスに伝えると、彼等はどうもいまさら復刻する気はないらしかった。また、30cmウーファ振動板の金型、アルミフレームの金型も廃棄したようだった。新井さんは評判の良かったビンテージ機種を復刻する以外に日本支社を維持する方策はないという意見であった。
それなら、かつてTEACが頑張ったように、キャビネットの国産化からできないかと可能性を探った。
人脈頼りにまずはキャビネットを作っている埼玉の木工工房を、イギリスから送ってきたサンプルを車に積んで、訪ねた。工房の社長は、このくらいなら作れると言ってくれた。使用する北欧材(スプルース)も在庫していると言ってくれた。
そこで、キャビネット図面を渡して、サンプル試作を頼んだ。
30日ほどで、試作キャビネットはできあがってきた。サンプルスピーカシステムからユニットを取り外し、試作キャビネットに取り付け、ネットワークも正規の定数に修正して、試作品は完成した。
鳴らしてみると、新しいサウンドではないが、BBCスピーカらしい、きちんとして、そしてソフトなサウンドが聴けた。新井さんも評価した。そこで、有力評論家さんを呼んで、聴いて貰った。悪くはない評価であった。原価計算し、充分利益の出る定価にしても、その方達は売れそうだ!と言ってくれた。
我々は勢いついて、イギリス側に復刻要請したが、返事は、“できない!”というつれないものであった。これでPM510復刻は無くなった。

半導体アンプの商品化を提案する

このままであると、来年の活動継続も危ないと感じてきた。そこで、私のできることは新型アンプの商品化であった。
香港本社に提案すると、“少ない開発予算で良ければ、やってくれ!”という指示がきた。
そうなると、どうすれば、少ない予算、少ない人員(私だけ)で、アンプを商品化できるかを企画してみた。

  1. アンプジャンル
    日本での販売数が見込めるプリメインアンプとする。(海外はご承知の通り、プリアンプ、パワーアンプでのセパレートアンプが主流であった。)
  2. 価格レンジ
    元来、イギリス人はケチ(倹約家)であるから、高価なオーディオ機器を買わない。TANNOYの大型スピーカは日本向けである。定価は¥15万以下とすることを目標とした。
  3. 工業デザイン
    日本人デザイナによる作品は、非常に繊細感があり、優れていると思うが、日本のファンはやはりイギリス人の日本人にないフィーリングを期待するだろう。イギリス人デザイナの起用が望ましい。
  4. 増幅素子、回路
    バイポーラトランジスタでは新鮮味がなく、かねてから評価していたMOSFETを採用したい。但し、コンプリの組み合わせのニーズはオーディオ用に限られていたので、高価で、材料費を圧迫しそうであった。やむなく、準コン構成でいこうと決断した。MOSFETによる準コン構成のアンプは、DENON PMA2000シリーズでそれなりの実績があり、特に弱点とはならないように想定できた。パワーは50W+50Wを目標とした。
新製品開発
大筋の開発業務方針

香港本社から、開発許可は得られた。但し、開発予算は相当厳しい数字であった。“金型費は¥500万程度でやってくれ!”と言うので、まず、国内、イギリスでの機構部品製造は無理と判断した。海外というと、当時の中国では製造レベルが低く、韓国ではやや高く、たまたま、台湾でオーディオ関係の機構設計していたT氏と知り合いになったので、彼に相談したところ、中国語は話せるし、シャーシ屋関係に人脈あると言う。それではと、T氏に機構設計を依頼し、台湾でシャーシ、ヒートシンク、つまみ関係を手配することを決めた。 プリント基板は当時、CAD設計が普及していたが、費用の関係もあって出来ず、下図を書いて手張りする旧来のプリント基板図を貼ってくれるところが1軒あり、こちらでラフ下図を書いて、2倍図で、写真原図を造って貰った。この業者は以後、廃業したと言う。
プリント基板金型も開発費の関係で、国内では無理。そこで、当時、香港サンスイにいたF・M氏に相談したところ、香港のエリ・トーンを紹介してくれた。TELコンタクトしてみると、台湾の大学で日本語を学んだK・L(女性)さんが出てきて、やってくれると言う。(彼女からは、現在でも連絡がある。)
増幅回路は準コン回路では経験がなかったので、真空管アンプで協力いただいたT・Tさんに相談したところ、何とか時間をやりくりして協力すると言ってくれた。また、CTSのK・Kさんも協力すると言ってくれた。
ちなみにこのプリメインアンプのモデル名は、M300iとなった。

デザインの決定

イギリス人デザイナを希望したところ、香港本社は重要ポイントを判断してくれて、イギリス人デザイナを東京事務所に派遣すると言ってきた。しばらくして、デザイナは単身で来てくれた。何と、B&Wスピーカ、“ノーチラス”のデザイナと言う。まだ、30代前半の若手で、ウォーレン・マートンと名乗った。 “ロジャースの仕事をして、良いの?”と聞くと、“B&Wとの契約はスピーカについてだけなので、アンプは問題ない。”と言う。事実、これから新潟に行って、ある機械のデザインを担当すると言う。
我々は、全体のコンセプトを説明すると、イギリスでもポピュラーな薄型については賛成してくれた。また、トーンコントロールなしのシンプル構成についても同意見であった。 “イングランドらしい特長を出して欲しい!”と要請すると、“分かった!検討する!”と言ってくれた。外観サイズ図面を渡して、デザイン打ち合わせは終わった。2週間ほどして、デザイナからデザイン図面が送られてきた。しごく、もっともなデザインで、全体はブラック、フロントパネルは縁取りしてあった。操作つまみの根元には、グリーンの樹脂板を貼るように指示されており、これはイングランド・グリーンという。“そうか!”と私は納得した。また、天板の中央付近に“ロジャース”との割と大きな銘板を貼るように指示されていた。

量産設計

これを受けて、機構担当のTさんはシャーシ図面の設計をスタートした。
全体構造として、組立工数をセーブするために、1枚の大きなプリント基板で済ますこととした。ヒートシンク設計はフィットするサイズがなく、温度上昇をクリアするために、温度上昇試験を繰り返すことになり、最終的には、補助ヒートシンクをメインヒートシンクに貼り付けることになった。
キーパーツの電源トランスは、小型化するためにトロイダルトランスの採用は必須であった。国内ではコストが合わず、イギリス事業所に問い合わせると、それなら、スリランカに作ってくれるところがあるから、トランス仕様を連絡してくれとの連絡が入った。すぐ、試作を頼むと、1週間ほどで送ってきた。
電圧仕様は、100V、115V、220V、230Vと全世界対応とした。
トロイダルトランス価格を聞くと、驚くほど安く、また、出来栄えも悪くなく、振動、唸りもなく、電圧変動率等も優秀。すぐ、採用することとした。
メインの電源整流用ケミコンは音質に影響するので、カスタム仕様で作りたかった。サンスイ時代からお世話になっていたニッケミのA技術部長さんに相談すると、“それでは、造りましょう!”とすぐ、3種類のサンプルを作ってくれた。さらに、“せっかくだから、ロジャーズロゴも入れましょう!”と言ってくれた。すぐ、ロゴサンプルを渡して、実現の運びとなった。納品は、東京事務所。次は、意外と苦労したのがプッシュスイッチであった。なかなか、海外では適当なものがない。そこで、アルプス電気の知り合い(大学の後輩)に連絡したら、仕様を言ってくれれば、サイズ等を合わせてくれると言う。
これでOKと思ったら、間に入った代理店から、少なくとも1000個以上の発注が必要と言う。初ロットはそれほどの数でないから、困った!また、1000個であれば、かなり安い単価であった。仕方なく、1000個発注することとなった。
同じように、キーパーツであるMOSFETも日本製でないと、信頼がおけなかった。東芝の2SK851を採用することとして、これもサンスイ、CTS時代からお付き合いのある東芝半導体の代理店に発注して、入手することになった。あとは、どうやって完成品にまでこぎつけるかのところまでになってきた。

海外で生産、組み立て

機構関係(シャーシ、つまみ、ヒートシンク関係等)が台湾生産になりそうなので、この段階で、Tさんと台湾に出張することになった。
まずは、Tさんの案内で、台北近郊の機構関係の会社を訪問した。日本のシャーシ屋さんとおよそ同じ感じの工場で、社長は職人の親方の感じであった。図面を見せて、金型、シャーシ板金等の見積りをお願いした。つまみはサトーパーツで修業した方が社長で、ここは20台近くのつまみ削りだしマシンを持っていて、一斉に削り出していた。製作には問題なさそうな工作レベルであった。後日、見積りを貰うことになった。
次は、基板ユニットを作ってもらうエリ・トーンを訪問することであった。この会社は今ではかなり大きな会社となり、主な生産は中国とのことであった。
この時代は台湾の自社工場が生産場所であった。
K・Lさんに連絡を取ると、これから迎えに行くから待っていてほしいと言う。やがて、約束の時刻に待っていると、キャデラックのセダンが我々の前に止まった。やや、どぎまぎしていると、K・Lさんが降りてきて、運転した紳士を社長と紹介した。我々はさらにびっくり。ともかく、会社を案内するからと、キャデラックに乗せられてエリ・トーンに向かった。エリ・トーンは台北空港の近くにあった。社長自ら、会社を案内してくれ、さらには夕刻には、中華ディナーで会食する歓迎まで受けた。
社長は“詳細は明日、K・Lと打ち合わせて欲しい!”ということで、その日はありがたい時間を過ごせた。
翌日、詳細を打ち合わせたが、彼女は日本語が堪能なので、明確に打ち合わせができた。プリント基板の写真製版を渡したら、これで量産は作れるとのことだったし、部品表を見せたら、MOSFET、整流用ケミコン、アルプスのプッシュスイッチを支給する以外は、エリ・トーンで入手できると言ってくれた。
これで何とか、台湾で造れる準備が整ったが、イングランドブランドのオーディオアンプがMade in Taiwanでは売りにくいということは現実なので、総合組立はどうしても、イングランドのどこかでおこなう必要があった。
台湾から帰国して、再度、台湾に出張して、できあがりを確認したりする業務をこなした。見積りも何とか予算内に収まった。

イングランド、ポーツマスで組み立て、完成

なかなか組み立てる工場さがしに手間取ったらしい。真空管アンプなら、AUDIO NOTE UKで造れたが、半導体アンプではそうはいかなかった。
台湾のシャーシ会社、エリ・トーンからは“早く金を払って欲しい”と言ってくるし、“コンテナの手配をしたいが、送り先はどこ?”とせかされてきた。
イギリスのロジャースで、いろいろ探して、ようやく、ポーツマスにある“ミリヤード”ブランドアンプ、CDプレーヤーを生産している会社が組み立ててくれることになった。
当然、私はイギリスへ3度目の出張となる。
イギリスから、ようやく部品が届いて、組み立ての準備が整った、と言ってきた。
私を含めて、2名のスタッフはダイレクトに組立会社に行くことになった。
ポーツマスは日露講和条約を結んだアメリカ、ニューハンプシャー州のポーツマスではなく、ロンドンから120kmくらい離れたドーバー海峡側の都市である。
町の中心部から外れた工業団地の一角にミリヤードの会社があった。このブランドはこの時期、けっこうアクティブで日本にも紹介され始めていた。

さて、工場に着くと、すぐ、用意してきた組立分析図を示した。担当してくれたのは生産関係のスタッフで、設計開発陣は2階のスタッフルームで仕事しており、生産ラインの連中(ジーンズ、Tシャツ姿)とは異なり、ネクタイ、スーツ姿で、イギリスの身分制度を感じてしまった。
当然、設計スタッフはOEM組立業務には興味がなく、一度も組み立てラインに来てくれることもなく、我々が2階に挨拶しに行き、握手をする程度しかなかった。
一番、心配していたのは、プリント基板ユニットがうまく動作してくれるかであった。日本なら、事前にユニットの動作試験をして、組み立てたら、必ず動作することを担保してから、ラインに流すことが常識であった。
そのようなことを話すと、それほどの組立費用を貰ってないので、事前チェックは無理と言われた。
仕方なく、用意してきたチェック治具で我々がある程度のユニットの動作試験をせっせとおこなった。エリ・トーンの作業は確実で、30台程度をやってみて、全数OKであったので、組み立てラインにはそのまま流すことにした。
生産ラインの方達は我々に好意的で、何かあれば聞きに来て、誠実に仕事をこなしてくれた。5労働日、生産ラインに付き添って、何とか、初ロットが問題なさそうなので、引き揚げて、帰国することになった。梱包、保証書、梱包カートン等の業務はイギリスロジャースが担当してくれた。これで、何とか、M300iの生産業務は終わりが見えてきた。

日本でのプロモーション、営業活動

イギリスから帰国して、すぐさま、カタログ製作に取りかった。問題の価格は税別¥14万とした。
日本国内ブランドであれば、¥8万程度が相場であろうが、イギリス製ということで、¥14万という価格に異論を唱える販売店は無かった。
そうしているうちに、M300iが5台入荷した。
まずは、特性をチェックしてみて、問題なかった。次に、ロジャーススピーカーに接続して聴いてみた。 ベストサウンドとは言えなかったが、メリハリの利いたクリアサウンドであった。外観もイングランド・グリーンのつまみ付近の色使いがセクシーだったし、電源スイッチはグリーンに光る照光スイッチ(日本製)を無理して採用したので、コンパクトなブラックアンプとして、評判良かった。
無理と思ったが、評論家の金子英男(故人)さんに連絡を取ってみたら、海外ブランドに係ることはないけれど、ヒアリングすることはしてあげると言ってくれた。業界常識として、ヒアリングモニタ費を支払う必要があったが、ロジャース・ジャパンの経営は厳しいので、手土産を持って、自分のクルマで金子さん宅を伺った。もう、最後に会ってから10年以上の月日が経過していた。
金子さんは元気、相変わらず、ヒアリングルームは部品、アンプ、書籍で混乱していた。
すぐ、聴いてくれたが、私の感触ではややハードで、クラシック一辺倒の金子さんには無理かな?と感じ取った。2時間ほど滞在して、帰ってきた。
思えば、これが生前の金子さんに逢った最後の機会になった。(その後、数年して、ガンにて他界、葬儀には参列した。)

一方、オーディオ誌各社は紹介記事をそれほど取り挙げてくれなかった。それは、もう雑誌広告を出す費用が無かったせいもあった。
販売店関係の評価は悪くはなかった。但し、他のイギリスブランドと競合するので、営業はやさしくなかった。また、新製品から、販売リベートを販売店に支払う政策は採れなかった。
やがて、ぼつぼつ注文が入るようになってきた。それでは第2ロットの生産計画はどうかを聞いてみると、経営が厳しいから、しばらく延期という意向が香港本社からの連絡であった。残念であったが、私は、このプロジェクトが通常の手順をジャンプして、迅速に何とか商品化できたことは、少しの達成感を味わうことができた。けれども、それは自分の力でなく、周囲の関係者の皆さんのおかげであり、つくづく、人情のありがたさを感じた。

そのような状況下で、香港本社から、画期的なスピーカが開発でき、世界中に売り出すという知らせが入ってきた。
実は、それがロジャースの命取りになるのだが。

P/S
M300iは3年前、2台ほど、修理依頼があり、そのサウンドを聴くことになった。けっこう、クリアな透明サウンドで安心した。おそらく、ケミコン等の部品エージングにより、サウンドが熟成されたのだと思う。また、昨年、秋葉の“ハードオフ”で、M300iが展示されていた。美しく磨かれ、割と高価な価格がついていた。

ここまで、読んでくださってありがとうございます。まだ、まだ、拙文が続きます。


プリメインアンプ“Rogers® M300i MOSFET”のカタログ
プリメインアンプ“Rogers® M300i MOSFET”のカタログ

プリメインアンプ“Rogers® M300i MOSFET”の取扱説明書
プリメインアンプ“Rogers® M300i MOSFET”の取扱説明書



生産ラインに携わる筆者
生産ラインに携わる筆者


2015年 2月15日掲載


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